青函トンネル記念館に行く価値はあるのか

冒険

久しぶりの投稿となります。

突然ですが、北海道の再南端は「白神岬」です。

「海底下の列車のひびき 聞こえて来て 白神岬はさざ波の列」と書いてある。これは本州と繋ぐ青函トンネルのことである。

実は私ラム肉食べ太郎は、これまでに道内で函館より南側に行ったことはありませんでしたが、今回のGWを利用して、函館から日本海側の道を小樽まで辿り出る旅に出て来ました。

魅力溢れる旅でしたが、ブロガーとして文字に起こしたいと強く思った場所は、旅程から辿ると下記の通りでした。

函館→青函トンネル記念館松前城江差町 開陽丸記念館と鴎島絶壁の上にある太田神社→小樽

今回はその第一段「青函トンネル記念館」について紹介させて頂きたいと思います。

青函トンネル記念館

北海道と本州を繋ぐ唯一の陸路は1988年3月13日に開通した青函トンネルです。

現在では北海道新幹線もこの青函トンネルを走っています。

ちなみに車では通る事はできません(念の為)。

函館で朝市と温泉、そして究極のB級グルメであるラッキー・ピエロを堪能しているうちに、予定より大きく遅れを取ってしまった私は、はやる気持ちで松前町へと向かっていました。

夜は江差町の「俄虫温泉旅館大成」と言う凄い名前の宿をとっていたので、当日中にそこまで辿り着く必要があったのです。

函館から直行すれば僅か60km程度の距離ですが、松前町経由の日本海側を辿る道で向かうと175kmもの距離になるのです

さて、そんな急ぎ足の旅路の途中でしたが「青函トンネル記念館」(公式)の看板を見付けてしまった私は、気付けば車を駐車場に停めて入口の前に立っていました。

「青函トンネル記念館」の入口

特設ブースには「するめ詰放題」や「養殖アワビ」と言った道南色の強いものが販売されていた。2個で500円の焼きアワビは、コリコリしているのに柔らかくて驚くほど美味しかった。

青函トンネル記念館の入館料は大人400円でした。

体験坑道乗車券セットであれば大人1500円だそうで、実は当時私はこれの存在に気付いていませんでした。

調べてみたら物凄く面白そうだったので、行けなかった事を強く後悔しました。

体験坑道(公式

とは言え、青函トンネル記念館だけでも十分な見応えでした。

青函トンネル記念館の中は広くはないが情報量は多かった。

青函トンネルが作られる契機となったのは、1954年9月26日に青森と函館を結ぶ青函連絡船 洞爺丸が台風の煽りを受けて沈没し、死者・行方不明者合わせて1155人にもなる大惨事が発生した事でした。

当時の新聞記事の拡大パネルなどが展示されたブースを抜けると、いよいよ青函トンネルの着工です。

どのようにして青函トンネルが作られたのかを、時系列的に辿って行く事ができるのです。

測量の機械に囲まれたブラウン管TVには、色褪せたドキュメンタリー映像が流れる。

昭和時代に撮影されたと思われるドキュメンタリー映像が流れていて、思わず見入ってしまいましたが、これが果てしなく長く情報量が満載でした。

「何故青函トンネルが掘られる事になったのか。青函トンネルはどのように掘られたのか。どのようなトラブルがあり、どのようにして乗り越えたのか。」

このドキュメンタリー映像を最後まで観れば全て分かると思います。

周囲の展示パネル類はドキュメンタリー映像の概要であると言ってしまっても良いくらいです。

私は時間がないため映像を観るのは30分で切り上げました(少なくとも30分以上のボリュームと言う事です)。

「1972年 着工、1985年 竣工」全長53.85kmものトンネルを13年の歳月を掛けて掘り進めたのである。

展示パネルの内容は、ドキュメンタリー映像を通してより詳しく学ぶ事ができる。

余談ですが、函館から松前町に向かう道は比較的交通量が多く、観光客らしき人もたくさん見掛けたのですが、何故見どころ満載の「青函トンネル記念館」は、私ラム肉食べ太郎の貸し切り同然だったのでしょうか。

今回の記事を通して皆さんにも興味を持って頂けたら嬉しいなと、そんな気持ちで記事を書いています。

当時の技術者たちの写真が展示されている。

青函トンネルの中にはかつて「吉岡海底駅」と言う世界で最も低い位置にある駅がありました。

この駅では、例えば1998年3月には「ドラえもん」とタイアップしたイベントが開かれるなどしていたそうです。

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しかし北海道新幹線の工事に伴い廃止となり、現在は保線基地・乗客避難用の場所として使われているそうです。

廃止となった「吉岡海底駅」の看板

今はもう訪れることは叶わなくて、でも願わくば一度は行ってみたかった場所が、私にとってはあまりにも多すぎます。

魅力的なスポットが溢れるこの世の中ですが、形あるものはやがて崩れ、有限の時間もやがて終わりを迎えます。

「いつか」は殆ど叶いません。「今しかない」が行動のきっかけです。「怠慢は罪」「無知は後悔」です。そう、これは私自身に今言い聞かせている言葉です。

今当たり前にある世界は未来の当たり前ではないのです。

旅を繰り返して、今しか見られない世界をしっかりと目に焼き付けておこうと改めてそう思いました。

長い廊下を抜けて出口となる。

松前町へと抜ける途中で思わぬ寄り道をしてしまいました。

この後の時間がますます厳しくなるのは間違いありませんが後悔はしませんでした。

むしろじっくり見て回る余裕がなかった事に名残り惜しさがありました。

もしこの近辺を訪れる機会がありましたら、是非「青函トンネル記念館」にも立ち寄ってみて下さい。

青函トンネルを採掘する前の海底調査に使用した潜水艇であると記憶している。

次は松前町の記事「水面に浮かぶ世界 5月咲きの桜と松前城」です。

ラム太郎
ラム太郎

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